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[徹底解説]糖尿病は「治る」病気へ。肝脂肪(膵脂肪)を減らすとなぜ寛解するのか?

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「糖尿病は一度なったら治らない。一生付き合っていく病気だ」

長年、医療の現場でも患者さんの間でも、そう信じられてきました。しかし、ここ10年でその常識は劇的に覆されつつあります。 キーワードは「寛解(かんかい)」、そして「異所性脂肪(いしょせいしぼう)」です。 最新の医学研究、特に英国のニューカッスル大学を中心とした研究チームにより、「肝臓」と「膵臓」に溜まった脂肪を減らすことで、糖尿病の状態から脱却できることが科学的に証明されました。 本記事では、なぜ肝脂肪と膵脂肪の改善が糖尿病の「寛解」に直結するのか、そのメカニズムを世界的な文献(Primary Source)を紐解きながら、専門的な知見をわかりやすく解説します。

1. はじめに:糖尿病「寛解」という新しいゴール

糖尿病治療において、近年世界的に定義された新しい目標が「寛解(Remission)」です。 寛解とは、「糖尿病の薬物療法を行っていない状態で、HbA1cが6.5%未満の状態が3ヶ月以上続いていること」を指します。つまり、薬に頼らずとも、自身の体の機能だけで血糖値を正常に保てている状態です。これは実質的に「治った」に近い状態と言えます。 かつて2型糖尿病は「不可逆的(元に戻らない)かつ進行性の病気」とされていました。しかし、Roy Taylor教授(ニューカッスル大学)らによる画期的な研究(DiRECT試験など)により、発症から比較的早期であれば、適切な介入によって寛解が可能であることが証明されたのです。

2. 糖尿病の本質は「脂肪の場所」にある

なぜ、糖尿病になるのでしょうか? 「甘いものを食べ過ぎたから」「太ったから」というのは一面的な事実に過ぎません。 医学的な本質は、脂肪が本来溜まるべき場所(皮下脂肪組織)に収まりきらなくなり、"本来溜まるべきではない臓器に溢れ出してしまうこと"にあります。これを「異所性脂肪(エクトピックファット)」と呼びます。 特に重要なのが以下の2つの臓器への脂肪蓄積です。 肝臓(肝脂肪),インスリン抵抗性の主犯 膵臓(膵脂肪),インスリン分泌低下の主犯 2型糖尿病は、単なる高血糖の病気ではなく、この「肝臓と膵臓が脂肪によって機能不全に陥っている病気」と再定義することができます。

3. 画期的な理論「双循環仮説(Twin Cycle Hypothesis)」とは

このメカニズムを体系化したのが、Roy Taylor教授が提唱した「双循環仮説(Twin Cycle Hypothesis)」です (Taylor, 2020)。 糖尿病の発症と寛解は、以下の2つの悪循環(サイクル)によって説明されます。 1. 肝臓のサイクル: カロリー過多により肝臓に脂肪が溜まると、肝臓はインスリンの命令(「糖を作るな」という命令)を無視し始めます。その結果、肝臓から糖が過剰に放出され、さらに脂肪(VLDL)も全身にばら撒かれます。 2. 膵臓のサイクル: 肝臓から送られてきた過剰な脂肪が膵臓に沈着します。膵臓のβ細胞(インスリンを作る細胞)は脂肪毒性に弱く、機能不全に陥ります。 この「肝臓 → 膵臓」への負の連鎖が糖尿病の正体です。しかし、このサイクルは「逆回転」させることができるというのが、最新研究の希望の光です。

4. 【第1段階】肝脂肪の減少が「最初のスイッチ」を押す

糖尿病の寛解を目指す際、最初に起きる変化は「肝脂肪の減少」です。 英国で行われた大規模な臨床試験「DiRECT試験(Diabetes Remission Clinical Trial)」では、カロリー制限により平均15kgの減量に成功したグループの約半数(46%)が糖尿病寛解を達成しました (Taylor et al., 2018)。 この研究で特筆すべきは、以下のデータです。 > 「寛解した患者では、肝脂肪率が平均16.0%から3.1%へと劇的に減少していた」 なぜ肝脂肪が減ると良いのか? 肝脂肪が減ると、肝臓のインスリン感受性が急速に回復します。 これにより、肝臓が勝手に糖を作り出す(糖新生)のをストップできるようになります。結果として、まず「空腹時血糖値」が正常化します。これが寛解への第一歩です。 さらに重要なのは、肝脂肪が減ることで、肝臓から膵臓へ送られる「脂肪の宅急便(VLDLトリグリセリド)」の出荷が止まることです。これにより、次のステップである膵臓の回復が可能になります。

5. 【第2段階】膵脂肪の減少がβ細胞を「再起動」させる

肝臓からの脂肪供給が止まると、膵臓に溜まっていた脂肪も徐々に抜け始めます。 β細胞は「死滅」していない、「休眠」しているだけ かつて、糖尿病患者の膵臓β細胞は死滅して数が減っていると考えられていました。しかし、近年の研究では、脂肪毒性によって一時的に機能を失っている「休眠状態(脱分化)」にある可能性が高いことがわかってきました。 DiRECT試験のサブ解析によると、減量によって膵脂肪が減少した患者群でのみ、初期インスリン分泌能(食後すぐにインスリンを出す力)が回復しました (Al-Mrabeh et al., 2019)。 また、2024年の最新研究(Liu et al., 2024)では、「膵脂肪の減少量が大きければ大きいほど、糖尿病の寛解率が高い」という逆相関の関係が報告されています。 つまり、膵臓から脂肪を取り除くことで、眠っていたβ細胞が目を覚まし、再びインスリンを出し始めるのです。これが、食後血糖値の正常化をもたらし、完全な「寛解」へと繋がります。

6. なぜ痩せている人も糖尿病になるのか?「個人脂肪閾値」

「私は太っていないのに、なぜ糖尿病になったの?」 日本人の糖尿病患者さんからよく聞かれる質問です。これに対する答えが「個人脂肪閾値(Personal Fat Threshold)」です。 人によって、「安全に脂肪を蓄えられる皮下脂肪の容量」は決まっています。 欧米人は皮下脂肪の容量が大きいため、かなり太るまで糖尿病になりにくい傾向があります。一方、日本人を含むアジア人は、遺伝的に皮下脂肪の容量が小さい人が多いのです。 そのため、BMIが22や23といった「標準体重」であっても、その人個人の許容量(閾値)を超えてしまえば、あふれた脂肪は肝臓や膵臓に蓄積します。 2021年の遺伝学的研究(Mendelian Randomization研究)でも、遺伝的に肝脂肪が蓄積しやすい体質の人は、痩せていても糖尿病リスクが高いことが証明されています (Martin et al., 2021)。 逆に言えば、「痩せ型糖尿病の人であっても、肝臓や膵臓のわずかな脂肪を落とすことで、劇的に改善する可能性がある」ということです。Taylor教授の研究でも、BMIが高くない人でも体重を数キロ落とすだけで寛解するケースが報告されています。

7. 肝脂肪・膵脂肪を減らすための具体的アプローチ

では、具体的にどうすれば臓器の脂肪を減らせるのでしょうか?最新の知見に基づく方法は以下の3つです。 (1)食事療法(カロリー制限・時間栄養学) 最も強力なエビデンスがあるのは食事療法です。DiRECT試験では1日800kcal前後の食事制限を行いましたが、日常的な実践としては、緩やかな糖質制限や、適切なカロリー制限が有効です。 驚くべきことに、適切な制限を行うと、肝脂肪はわずか1週間程度で劇的に減少し始めます。膵脂肪の減少にはもう少し時間がかかりますが(数週間〜数ヶ月)、継続することで確実に減っていきます。 (2)SGLT2阻害薬(尿糖排泄促進薬) 近年登場したSGLT2阻害薬は、尿から糖を出すだけでなく、体内のエネルギー代謝を変化させ、臓器の脂肪を燃焼させる効果が注目されています。 日本の研究チーム(Horii et al., 2021)の報告によれば、SGLT2阻害薬の使用により膵脂肪が減少し、膵臓の構造的な改善が見られることが示唆されています。 (3)運動療法と筋肉の活用 有酸素運動は肝脂肪の燃焼を助けます。また、筋肉(骨格筋)は最大の糖の消費場所であるため、筋トレを行ってインスリン抵抗性を改善することも、間接的に肝臓への負担を減らすことに繋がります。

8. 結論:臓器を脂肪から解放すれば、未来は変わる

これまでの糖尿病治療は「血糖値を下げること」に主眼が置かれていました。 しかし、これからの治療は「血糖値を上げている原因(=肝臓と膵臓の脂肪)を取り除くことへとシフトしています。 最新の研究(Nie et al., 2025)では、MRIを用いて肝脂肪量を測定することで、将来の糖代謝異常のリスクを正確に予測できることも示されています。 まとめると、科学的事実は以下の通りです。 * 糖尿病は「臓器の脂肪中毒」である。 * 肝脂肪が減れば、空腹時血糖が下がる。 * 膵脂肪が減れば、インスリン分泌能力が蘇る。 * その結果、糖尿病は「寛解」する可能性がある。 「もう治らない」と諦める必要はありません。正しい知識とアプローチで、肝臓と膵臓を脂肪の重圧から解放してあげること。それが、健康な体を取り戻すための最短ルートなのです。 当院では、最新のエビデンスに基づき、患者様一人ひとりの「個人脂肪閾値」を考慮した治療戦略をご提案しています。
 

よくある質問(FAQ)

 

Q1. 一度寛解しても、またリバウンドしますか? A. はい、元の食生活に戻り体重や臓器の脂肪が増えれば、糖尿病は再発します。しかし、DiRECT試験の研究では、寛解後も体重管理を維持した患者は2年後も寛解状態を維持していることが報告されています。重要なのは「脂肪を溜めない生活習慣」を定着させることです。

Q2. 高齢でも肝脂肪を減らす効果はありますか? A. はい、あります。年齢に関わらず、異所性脂肪(臓器の脂肪)の減少はインスリン抵抗性の改善に寄与します。ただし、高齢の方の急激な食事制限は筋肉減少(サルコペニア)のリスクがあるため、医師の指導の下、適切なタンパク質摂取と運動を併用することが重要です。

Q3. 薬だけで肝脂肪・膵脂肪は減らせますか? A. SGLT2阻害薬やGLP-1受容体作動薬など、臓器の脂肪減少効果が期待できる薬剤は存在します。しかし、最も効果が高いのは「食事療法によるカロリー制限」と「薬剤」の併用です。薬はあくまでサポート役であり、根本的な脂肪蓄積の原因である食事の見直しが寛解への近道です。

 
--- 参考文献(一次研究) * **Taylor R, et al.** (2018). *Remission of Human Type 2 Diabetes Requires Decrease in Liver and Pancreas Fat Content but Is Dependent upon Capacity for β Cell Recovery.* Cell Metabolism. * **Al-Mrabeh A, et al.** (2019). *Hepatic Lipoprotein Export and Remission of Human Type 2 Diabetes.* Cell Metabolism. * **Taylor R.** (2020). *Calorie restriction for long-term remission of type 2 diabetes.* * **Martin S, et al.** (2021). *Genetics of ectopic fat and risks of type 2 diabetes.* Nature Communications. * **Liu Y, et al.** (2024). *Pancreatic fat reduction is associated with diabetes remission.* Diabetes, Obesity and Metabolism. * **Nie X, et al.** (2025). *Hepatic fat content and risk of glucose metabolism abnormalities.* Diabetes/Metabolism Research and Reviews. * **Horii T, et al.** (2021). *Effect of SGLT2 inhibitors on pancreatic fat.*

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